抜歯で顎の骨が壊死 骨粗しょう症 BP系薬剤服用によるBRONJ

   

BP製剤(ビスホスホネート製剤)と歯科治療の関係についてBRONJとは

ビスホスホネート系薬剤(ビスフォスフォネート)は、破骨細胞の活動を阻害させ、骨の吸収を防ぐ薬剤です。骨粗鬆症、変形性骨炎、腫瘍の骨転移、多発性骨髄腫、骨形成不全症などの疾患の予防と治療に用いられています。このお薬を継続的に服用している患者さんが歯科の外科的処置を受けると、顎の骨の壊死BRONJが起こることがわかっています。BRONJの発生機序は未だに明確にはされていません。これがBP系薬剤の処方医師と歯科医師の間で不安が広がっている大きな原因の一つともなっており今回詳しく患者さんにお伝えします。

まず患者さまは不安になることはありません。ビスホスホネート製剤を使っている人は歯科治療を受けることができないかというと、必ずしもそうではありません。当院では問診時に使用状況などを詳しくお聞きし総合的に判断します。

 

1. まず病院で注射をしていますか?

ビスホスホネート製剤は経口剤と注射剤のものがあります。経口剤は病院から処方される薬ですので、ご自身で服用しているという自覚があります。ところが、射剤になるとビスホスホネート製剤を服用していると気づいていない患者さんもおられます。適切な判断をするためにビスホスホネート製剤の注射剤を投与しているかどうかを確認することは大切です。

2. どのような疾患でこのお薬を服用していますか?

骨粗鬆症または悪性腫瘍の骨転移予防等で内服します。腫瘍の骨転移予防等で内服している場合は、抗がん薬の影響も考慮する必要があります。

3. いつ頃から服用していますか?

骨吸収抑制薬のBP製剤は、骨密度増加効果と骨折抑制効果に関する長期間のエビデンスが多く、骨粗鬆症治療薬の主流となっています。閉経前の患者さんから高齢の重症な患者さんまで、幅広い骨粗鬆症患者さんに処方されています。
しかし、BP製剤は、長期間服用したことに関連するとみられる顎骨壊死が歯科治療では問題となってきます。国内における経口のBP製剤投与による顎骨壊死などの発生頻度は、日本口腔外科学会が実施した調査によると、0.01%~0.02%程度と推定されています。

A) 『投与期間が3年未満』でかつ『他にリスクファクターがない』

侵襲的歯科治療を行なっても差し支えはありません。
※ BP製剤の休薬は、原則として不要。

B) 『投与期間が3年以上』または『3年未満でもリスクファクターがある』

判断が難しく、処方医と歯科医で、主疾患の状況と侵襲的歯科治療の必要性を踏まえた対応を検討する必要があります。

4. 併用しているお薬はありますか?

併用薬(ステロイド、シクロフォスファミド、エリスロポエチン、サリドマイド等)がある場合は、免疫機能の低下などにより顎骨壊死(BRONJ)が発生するリスクが高まります。

BRONJとは

図1 抜歯を契機に発現したBRONJ (注射用BP系薬剤投与中)
広範囲な骨露出・骨壊死が認められる

ビスホスホネート(BP)は、悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症、骨転移あるいは骨粗鬆症の治療薬として多くの患者に用いられ、臨床的に有効性の高い薬剤であることは広く知られている。通常、注射用BPは悪性腫瘍患者に、経口用BPは骨粗鬆症患者に用いられることが多い。しかし、近年、BP系薬剤投与患者において歯科治療を契機とした顎骨壊死の発症が大きな問題となっている。BP系薬剤関連顎骨壊死(Bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaws : BRONJ)は、2003年にはじめて報告1)されて以来、300以上の論文が発表され、3600症例以上がUS Food and Drug Administration (FDA)に登録されている。BRONJの多くは、抜歯などの観血処置をきっかけとして発症し、極めて難治性の疾患であることが報告されており、私たち歯科医師が細心の注意を払って対応しなければならない重要な疾患となっている。当然、この疾患の発症に対してインプラント治療も大きなリスクとなることは明らかであり、日本でもインプラント治療を契機として発症したBRONJの報告もなされている。

BP系薬剤関連顎骨壊死(BRONJ)の発生機序

BRONJの発生機序は未だに明確にはされていない。これがBP系薬剤の処方医師と歯科医師の間で不安が広がっている大きな原因の一つともなっている。BP系薬剤は、骨のハイドロキシアパタイト結晶と強い親和性があり骨石灰化面に付着する。骨吸収の過程で石灰化骨表面より破骨細胞に取り込まれ、破骨細胞の骨吸収機能を停止させる。つまり、BP系薬剤の作用メカニズムは、破骨細胞のアポトーシスを促進させ、破骨細胞の生存期間を短縮させることにあるとされている。このような骨代謝異常を伴い、血流に乏しく石灰化の強い骨組織が、抜歯等の外科手術によって、活性の悪い骨の表面が口腔内に露出すれば、わずかな細菌感染にも抵抗できずに顎骨壊死を生ずるものと考えられる。顎骨壊死に伴い骨組織の血行はさらに悪化し、通常、骨や骨膜からの穿通枝によって栄養されている同部の被覆粘膜も血流障害を起こし創傷治癒不全が生じ、さらに骨面の裸出が拡大され、骨壊死が広範囲に進展するといった悪循環に陥るものと考えられる。問題は歯科の観血処置の多くは、創が骨にまで達してしまい、活性の低い血流に乏しい骨が常に外部環境と交通してしまうことにあると考えられる。
インプラント治療では、埋入手術により骨への侵襲が加わることも問題となるが、上部構造を装着したのちも、インプラントには天然歯のような上皮付着の機構がないため、常に生体内の環境と外部の環境が交通している状態であることが、インプラントの治療期間、あるいはメインテナンス期間すべてにわたってBRONJの大きなリスクファクターであると考えられる。

佐賀でのBRONJの現状

(社)日本口腔外科学会の調査2)によれば、2006年4月までにBRONJと考えられる8症例を確認している。男女比は1 : 6.5で女性に多く、平均年齢は66.9歳で、罹患顎骨は上顎骨のみ3例、下顎骨のみ2例、上顎骨+下顎骨が4例であった。現在、国内で販売されているBP系薬剤は表1のとおりであるが、今回の症例を薬剤別に分けると、パミドロン酸ナトリウム(注射薬)、インカドロン酸ナトリウム(注射薬)、経口薬であり、諸外国の報告1)と比べ経口薬の比率が高い傾向にあった。BRONJの契機となった歯科治療は抜歯、インプラント埋入手術1例、義歯装着1例、ブリッジ装着1例等であった。インプラント埋入手術を契機とした症例は、乳癌の骨転移のために注射薬であるパミドロン酸ナトリウムおよびインカドロン酸ナトリウムが投与されており、症状発現までの期間が6カ月であった。今回の調査報告によれば、今後も佐賀においてBRONJは増加傾向にあり、予防、治療に関する基礎的、臨床的検討が早急に望まれると結ばれている。

表1 国内で販売されているビスホスホネート製剤(日本口腔外科学会ガイドラインより引用)

BRONJの診断基準と臨床症状

米国口腔外科学会によるとBP系薬剤関連顎骨壊死(BRONJ)の診断基準4)は表2のように定義されている。放射線性骨壊死の可能性がなく、BP系薬剤投与の既往があり、他の疾患の可能性が低い、長期間に及ぶ露出壊死骨が認められる場合はBRONJを疑うべきであろう。しかし、この疾患に対して世界的にコンセンサスの取られた定義や診断基準は作成されていないため、典型的な臨床症状も診断の一助になるものと考えられる。
臨床症状としては、疼痛と感染を伴う持続性の骨露出(図1)があり、歯肉の腫脹、排膿、歯の動揺、しびれ、顎が重い感じ等が一般的であると報告されている。抜歯や歯周治療などを契機に発症することが多く、下顎骨に2/3、上顎骨に1/3の割合で発症するといわれている。顎骨壊死が進行すると、疼痛や感染が増悪し、外歯瘻や病的骨折を起こすこともあるとされている3)。また、米国歯科医師会の報告5)では、BRONJの一部の症例では、歯・歯周疾患に類似した症状を訴えることがあるが、標準的な歯科治療では反応しない。また、明らかな局所的誘因がなく、自然発生したかのようにみられるBRONJも存在するが、その多くは過去の抜歯部位で発現していると報告している。つまり、原因がないのにBRONJが発現するのではなく、誘因となるきっかけの加わった時期と症状発現までの間隔が長期間に及んでいるだけであると考えればよいのであろう。

表2 BP系薬剤関連顎骨壊死(BRONJ)の診断基準  (米国口腔外科学会)

他の創傷治療不全状態と鑑別するために、次の特徴をすべて満たす場合

  1. BP系薬剤による治療を現在行っているか、または過去に行っていた。
  2. 顎顔面領域に露出壊死骨が認められ、8週間以上継続している。
  3. 顎骨に対する放射線治療の既往がない。

図1 抜歯を契機に発現したBRONJ (注射用BP系薬剤投与中)
広範囲な骨露出・骨壊死が認められる

BRONJの危険因子

1) 局所的危険因子

BRONJの局所的危険因子は、主として

  • 抜歯
  • インプラントの埋入
  • 歯根端切除術
  • 骨への侵襲を伴う歯周外科治療

であるが、これらの処置に限らず口腔内の観血処置すべてが危険因子となり得ると報告されている。また、注射用BP系薬剤投与患者に口腔外科処置を施行した場合、施行しない患者に比べ、BRONJの発現頻度は7倍以上であるとされている。

2) 薬剤に関連した危険因子

  • ゾレドロン酸はパミドロン酸よりも危険因子として高い
  • パミドロン酸は経口BP系薬剤よりも危険因子として高い

3) 全身的、環境的危険因子と考えられるもの

  • コルチコステロイド療法
  • 糖尿病
  • 喫煙
  • 飲酒
  • 口腔衛生状態不良
  • 化学療法薬

7. BRONJの病期分類と治療方針

(社)日本口腔外科学会のガイドライン3)では、米国口腔外科学会の病期分類と治療方針を表3のようにまとめて記載している。またBP経口薬では、ステージ1,2が主で、ステージ3に進行するものは少なく、BP静注薬ではステージ3の進行例が多いと報告されている。

表3 BRONJの臨床病気と治療方針

Stage 1 無症候性骨露出
  • 抗菌性洗口剤、洗浄
  • 3か月毎の経過観察
  • 患者教育
Stage 2 疼痛と感染を伴う骨露出・骨壊死
  • 広域傾向抗菌薬
    (っペニシリン、セファレキシン、クリンダマイシン、フルオロキノロン)
  • 抗菌性洗口剤、洗浄
  • 疼痛コントロール
  • 何祖息を刺激する壊死骨の表層
Stage 3 疼痛、暗線、病的骨折、皮膚瘻孔子、下顎下縁に及ぶ骨融解を伴う骨露出、骨壊死
  • 抗菌性洗口剤、洗浄
  • 抗菌薬投与(経口、清注)
  • 疼痛コントロール
  • 壊死骨の外科的除去あるいは区域切除

 

7. BRONJの予防

1) BP系薬剤開始前

  • 感染源の除去を目的として抜歯、歯周治療、根管治療、義歯などの歯科処置は前もって行う。
  • 侵襲の大きなインプラント治療や完全埋伏歯抜歯は避ける。
  • 不完全埋伏歯および被覆粘膜の薄い下顎隆起、口蓋隆起は前もって除去し、1か月の骨治癒期間を待ってからBP系薬剤の治療を開始する。
  • 可能であれば歯科治療が終了するまでBP系薬剤投与の延期を依頼する。

2) BP系薬剤投与中

  • 歯科医師による骨露出の有無のチェックとエックス線診査を3か月ごとに行う。
  • 口腔内清掃の励行
  • 抜歯、歯周外科、インプラント埋入などの顎骨に侵襲がおよぶ口腔外科処置は避ける。
  • 軽度の動揺歯は固定し、膿瘍を伴う高度の動揺歯は抜歯し抗菌薬を投与する。
  • 義歯装着は可能だが、過剰な力が加わらないように調整する。
  • 口腔外科処置を行わなければならない場合はBPの投与の中止が必要である。中止はBP系薬剤処方医師と相談のうえ決定する必要がある。
経口薬の場合:

服用期間が3年以上、あるいは3年未満でもコルチコステロイドを併用している時は、少なくとも3か月間は服用を中止し、治療後も骨の治癒傾向が認められるまでは中止を継続する。
服用期間が3年未満で下記のリスク因子がない場合は、通常の処置を行う。

注射薬の場合:

投与中止の有用性については一定の見解はない。病状が許せば投与を中止することが推奨される。
※BRONJ発生、増悪のリスク因子:
コルチコステロイド療法、ホルモン療法、糖尿病、悪性腫瘍の化学療法、喫煙、飲酒、口腔衛生状態不良、高齢者(65歳以上)

BRONJの治療

有効な治療法は確立されていないため、放射線性骨壊死の治療法等を参考にして、経験に基づいた保存療法が推奨されている。壊死組織の除去、露出骨の粘膜弁による被覆、露出骨縁の除去などの処置は、むしろ症状悪化を招くことがあるため行わず、軟組織を刺激している場合にのみ壊死骨の表層部を除去する。また消炎鎮痛薬による疼痛の制御、露出骨の拡大や二次感染の予防のための抗菌薬の長期投与、消毒薬による局所の洗浄が重要である。病的骨折や外歯瘻の形成を認める重症例に限り顎骨切除が考慮される。

インプラント治療とBRONJ

インプラント治療は歯の欠損部を修復し、咀嚼機能や審美障害を改善させるリハビリテーションであることはよく知られている。言い換えれば、歯周病やう蝕の治療とは異なり疾病を治療する医療とはいえない。したがって、BP系薬剤投与中の患者に、急性炎症の原因歯などの理由で、やむを得ず抜歯を行う必要性はあるが、やむを得ずインプラントを埋入する必要性は全くないと考えられる。
米国口腔外科学会のガイドライン4)には、注射薬を投与されている無症状の患者に対しても、「強力な注射用BP系薬剤(ゾレドロン酸、パミドロン酸)を頻回な投与スケジュールで使用している癌患者には、インプラント治療は決して行うべきではない」とされている。また、経口薬の投与が3年未満でリスク因子がない症例では、通常の歯科処置を行ってもよいとされているが、「インプラント治療を行う場合は、将来的なインプラントの失敗の可能性や顎骨壊死の可能性について充分なインフォームドコンセントがなされなければならない」と特筆されている。
したがって、BRONJの発生頻度は低くとも、有効な治療法の確立がない現状では、「BP系薬剤が投与されている患者あるいは投与が予定されている患者に対するインプラント治療は、原則として避けた方がよいと考えられる。」しかし、最終的には治療を行う歯科医師の知識と倫理観、さらに充分なインフォームドコンセントの上に成り立つ患者の希望という両者の重要なファクターによって、インプラント治療に進むべきかの裁定が下されるべきであろう。そのために私たちは、BRONJに対する知識を修得し、BP系薬剤処方医師との緊密な連携を図り、さらにインプラントとBRONJに関連する最新の正確な情報を、患者に充分に説明し理解してもらうコミュニケーション能力をも備えるべきであると考えられる。

※BP製剤投薬中の患者さんの休薬についてまた、抜歯など侵襲的歯科治療後のBP製剤の投与再開までの期間は、術創再生粘膜上皮で完全に覆われる2~3週間後、または十分な骨性治癒が期待できる2~3ヶ月後が望ましいでしょう。
BP製剤を休薬するかどうかを決めるときは、医師と患者さんを交えた十分な話し合いにより、インフォームドコンセントを得ておくことが大切です。
つまり、外科処置の前後3ヶ月が休薬の目安となります。
BP製剤の休薬が可能な場合は、休薬期間が長いほど顎骨壊死(BRONJ)の発生頻度は低くなります。
そのため、骨の再構築を考えると休薬期間は3ヶ月程度が望ましいでしょう。

※参考 神奈川歯科大学



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